どこまでも自由な人々

 月曜日には午後イチから深夜に及ぶまで、イラストレーターの友人とともに営業活動をしていた。
 のであるが、その待ち合わせ場所であった新橋駅からゆりかもめに乗り換えるところの広場では、やせた老人が素っ裸で座っていた。
 彼はタオルで股間を隠していたが、泡だったタオルで悠々と体を洗っていたのである。
 そこを通る誰もが気づいたであろうが、彼は風景に溶け込み、特にどうこうしようとか言おうとかいうような者はいなかった。
 新橋の一角をアジアのどこかにある農村に変えてしまう彼の姿。彼の前の広場はガンジス川だったのかもしれない。


 高円寺で友人とはぐれていた間、その友人は服にイモリだかヤモリだかをつけてそれをじっと見つめる子どもをみたという。別の子どもは母親に向かって「太陽って熱いねぇ」と口にしていたそうだ。


 視線を超越する仕草。大人の遙か上空をゆく子どもの言葉。そうしたものにであうとわたしは、後頭部あたりの空間がぐっと広がるような感覚を得る。