書籍からの備忘録?とテレビ番組の感想

昨日のつづきから。
「過度の清潔志向が現代の病理のひとつとして取り沙汰されることがあるが、その背景には『優しさゆえに、誰も本当のことを言ってくれない』といった世間の中途半端な気配りに対する苛立ちや、本音を語ってくれないことに対するもどかしさが潜在しているように思われるのである。」
黒澤明の『天国と地獄』でモノクロ画面にいきなり出現したピンクの煙が衝撃的であったように、」スメル-O-ヴィジョン『セント・オブ・ミステリー』、ジョン・ウォーターズ『ポリエステル』いずれも映画。
「少なくとも相手が聞く耳を持たない限り、死を決意したり自暴自棄になっている人を、そう簡単に説き伏せられるものではない。」
「Rさんとしては、少しでも会社へ行くことの精神的抵抗感が減るようにと、会社と自宅の双方に自分で取った同一の写真を飾ることで『どっちの場所だって似たようなものさ。だから気に病む必要なんかないんだ』と自分に言い聞かせようとしていたのである。わたしはその切ない工夫のことを知って、激しく心を揺り動かされた。」
「究極のストレス解消は『死』の中にしか見いだせないだろう。(改行)ストレスとは苦しむためのものでもなければ解消すべきものでもなく、それを会話の材料としたり自分の忙しさを自慢するために存在している、と考えるべきなのである。」
「痴漢は自らの心に宿る権力志向をもっとも安直でいじましい形で実現しようとしているだけのように思えてならなかったのである。」
『BORNING POSTCARD』(イギリスの出版社)
鬱病では気分が沈むとか気が晴れないというよりも、『もうどうしようもない。取り返しがつかない』といった後戻りの出来ない絶望感にこそ本質がある。(中略)しかもそれが自業自得ゆえであるといった『いたたまれない気分』に苛まれるのである。したがって、あらゆる自分の言動はすべて間違っていたかナンセンスであったかのいずれかであり、否定され断罪されなければと思い込む。たんに気持が冴えないといった悠長な気分とはまるで違う。」
「妄想といった現実離れしたものを成立させる際に生ずる矛盾や歪みは、言葉では明確にし難い曖昧な部分へと解消されてしまう。そうしてどんどん狂った物語が張ってしていく。」
赤青鉛筆=VP(ヴァーミリオン+プルシアンブルー)、嵌め殺し
ミュンヒハウゼン(ホラ吹き男爵)症候群、開腹手術癖、代理ミュンヒハウゼン症候群『あざとさ』「グロテスクに近い合理性」
「自殺には『本当は助けてもらいたいと心の底で思いながら自殺を試みる』場合と『あたかも死に魅惑されたように自殺を図る』場合の二つがあって、後者においてはもはや精神が餓死状態にあったといえるのである。」
「独りごとは、それによってますます妄想的な世界へのめり込んでいく触媒となることもあれば、逆に『我に返る』契機を与えて心のバランスを保つ方向に作用する場合もあるように思われる。」
鬱病の患者は、かなりの頻度で『微小妄想』を呈す。自分の能力を驚くほどに低く自己評価してますます気持が暗くなるといった悪循環の状態にほかならず、こんなに無能な自分は会社に迷惑を掛けるから退職するなどと言い出したり、人間失格だ! と自殺に走るなど深刻な結果を招きかねない。」
「目玉も瞼が存在することからして、隠されているのが本来の姿なのかもしれない。目玉というのは、もしかすると非常に『いかがわしい』ものなのだろうか。」
「自分の胸の内だけでそっと感情や考えを反芻するような姿勢は、往々にして妄想的になるがちだということなのである。あるいは非現実的、他人から見れば荒唐無稽なトーンを帯びがちである、と。」
「人はいったいどれくらい喋れば気が済むものなのか。内容は、おしなべて同じことの繰り返しで、けれどもさすがに疲れとカタルシスとで自ら終止符を打つまでには、二時間を限度と考えれば良いようである。」
「憎らしい奴、腹のたつ奴の名前をフェルトペンで黒々と皿に書き、その皿を壁に叩きつけて割る。すると溜飲が下がる、『ざまあみろ』といった気分になる──と、そんなストレス解消を売り物にしているスナックがあるという。(中略)たとえば、休暇で旅行へ出かける当日の朝。必ず、なぜか後悔したくなるような不安な気分に囚われる。(中略)仕事を中途半端で放り出していくがための罪悪感とか、自分の経済事情に見合わぬ贅沢なプランを立ててしまったがための後ろめたさだとか、そういった明確な理由があるわけではない。ただ何となくもの悲しくて、取り返しのつかないことをしそうになっている心細さを覚えてしまうのである。(中略)映画やコンサートで感動しても、帰り道はその感動に見合うだけの寂しい気分に陥る。買い物をしても、何だか悪いことをしてしまったような心許なさをぬぐい去れない。」
「わたしはマジック・ショーの助手の女の子になってみたいのである。(中略)自分の生活ぶりとどこか相似形な生き方を見つけ出してそれを自虐的な気分でなぞってみたいだけなもかもしれない。(中略)毎日がうんざりするような出来事の集積である自分の暮らしぶりを肯定する気になんか到底なれないものの、ひねくれ者の誰かが気まぐれに想像した人生が今の自分の営みであると仮定してみると、わたしはその脱力加減によって多少なりとも気が楽になるのである。」
「わたしは人間の本性は性悪説で、それどころか内面の不気味さや得体の知れなさを考え合わせて『性グロテスク説』を主張しているので、」「のど自慢」の世界?に対する違和感の話。
「ところがその日に限って、口を閉じたままの貝の内部はどうなっているのだろうと疑問が起きた。(中略)どんなに静かな生活を送っていても、日常には人を異常な精神状態へと駆り立てかねない罠が仕掛けてある。」「防波堤としての症状」まだつづく。。
 ちなみに昨夜の情熱大陸を観て思った感想として人に送ったのは、「あたしは彼の、人を招き入れ、人に●●●(いちょ、ふせとこ。)を見せ、信じてあいしあおうとするところがいちばん好きなんだよなぁ〜!と思ったよ。」てことでR。名前を明記すると辿られてしまうので、さらっと行こう。番組名でも、アレかしらん。でもだけど、いちばん愛した日記は、病中に妻と土砂降りの中、神社へ行くヤツでR。どなたか在処をご存知でしたら、教えてちゃぶ。