犬を逃す

抱き合うベッドの中
母はわざとドアを開け放ち
ポータブルオーディオを耳に眠ったふりの
ふりのふり


彼は風呂に入り 洗濯機を回し
家中が揺れて 母が飛び起きる


窓の外には ミッキーと子犬
アイスクリームを買いがてら犬の散歩に行くと言うと
風呂上がりだから行かないと口にした彼も含め
みんながついてきたのに
あたしは置いてきぼりをくっているうちに
犬を逃した


嘲笑う 大人たち
タール色の川をよけ 迂回しながら公園に辿り着くと
そこはドッグランの真っ最中で
柴犬を中心に すべての犬を確認するけれど
ミッキーを連れてきたのか
それとも子犬を連れてきたのかさえ
覚束ないあたし


周囲を見渡せば いつの間にやらひと駅も先まで歩いていて
日は昇り
早朝にもかかわらず 寺の祭りがおこなわれていた
後で祭りをみにこようと思いながら
だしや御輿の合間を縫い
あたしは家へと向かう

暗転


再び田舎の暗い坂道を
泣き出しそうな気持ちをこらえ
あたしは ひとり 走っていた
そしてまず
どちらの犬であったのかを
確認せねばならなかった


ばったり 再会を果たした母に
「すべての犬をみたのだ」と告げると
そんなことだろうと思って自分も探してみたと言う
公園の記憶は一部
焔に包まれている


郵便受けの中身を確認しろと言われ
隣家に郵便受けがあることが不思議で仕方ないから
その理由と経緯についてばかり 考えていたのだ